映画『マトリックス』の世界観から考察できる、『情報』との向き合い方

今回は、映画『マトリックス』の世界観と照らし合わせながら、
【閲覧注意】情報弱者脱却シリーズの全容を解説していきます。
かなりイメージしやすくなって、腑に落ちるのではないかと思います。
肩の力を抜いて、楽しんで読んでいただければ幸いです。

映画『マトリックス』あらすじと世界観について簡単に説明

まず、映画『マトリックス』を知らないという方の為に、
ザッとあらすじと世界観について説明しておきます。
人気の映画なので、シリーズもたくさんあるのですが、
今回取り上げるのは、一番最初に公開されたものになります。

『マトリックス』の基本情報とストーリーについて

映画『マトリックス』は近未来の世界を描いたSFです。
1999年に公開されました。

『マトリックス』というのは、人間が発明した仮想世界のことを指します。
仮想現実を作るコンピューター(機械)=システムを発明したわけです。
オンライン・ゲームの超リアル版みたなイメージです。
人間の脳と機械をつないで、仮想世界で理想的な生活をすることができます。

当初は、人間に仮想世界を提供する為に存在していたコンピューター(機械)だったのですが、
どんどん賢くなって、徐々に知能を持ち始めて、人間を支配しようとします。
そして、人間 VS コンピューター(機械)の戦争が起きました。

苦戦した人間は、コンピューター(機械)のエネルギー源を絶つために、
発電所を無くした上に、地球を雲でおおって、太陽光のエネルギーも届かなくします。
太陽光が届かなくなったため、地球の温度は低くなり、氷河期に近い状態となります。
勝つことができないと考えた人間達は、いわば「相打ち(引き分け)」を狙ったわけです。

エネルギー源を絶たれてしまったコンピューター(機械)は、
「コノママデハ、マズイ・・・」ということで、
人間の脳波的なもの(電気)をエネルギー源にすることを思いつきます。

人間を製造し、仮想現実を見させて、脳波的なもの(電気)を発生させ、
それをコンピューター(機械)のエネルギー源とするわけです。
木のようなところに、脳に機械のチューブを刺された大量の人間が、
果実のようにぶら下がっていて、生まれてから死ぬまで、エネルギーを吸い取られます。
いわば、人間発電として生まれた人間です。

一方、元々の人間達は、コンピューター(機械)から襲われない為に、
シェルターみたいなところ(ザイオン)で生活しています。
数が少ないので、戦力を増やす為に、
「人間発電として生まれた人間」を助け出して、仲間にしようと考えます。

ただし、「人間発電として生まれた人間」を全員救えるかというとそうではなくて、
素質のありそうな、限られたヤツしか助け出すことができません。
※この辺りは、実際に映画を見た方が分かりやすいです。

つまり、映画『マトリックス』の世界には、
●①元々地球にいた少数の人間と、その仲間
●②コンピューター(機械)
●③人間発電として生まれた、大量の人間
●④人間発電から助けられた人間
が存在します。

この戦いを描いたのが、映画『マトリックス』です。

ネタバレ含む。『マトリックス』のキモとなるテーマと、重要な登場人物

やはり、話のキモを握る、重要な登場人物としては、
主人公であるネオ(キアヌ・リーブス)と、
彼をスカウトするモーフィアス(ローレンス・フィッシュバーン)ではないでしょうか。

主人公であるネオ(キアヌ・リーブス)

先ほど説明した、②人間発電として生まれた、大量の人間の1人。
しかし、「今生活しているのは、本当の現実の世界なのか?」と、
直感で違和感を感じつつ、疑いながら生活している。

モーフィアス(ローレンス・フィッシュバーン)

ネオを見込みがあると判断し、スカウト(助け出す)する。
モーフィアス自身も、元々は、②人間発電として生まれた、大量の人間の1人で、
スカウトする側に回っている。

ネタバレを含めて言ってしまうと、
結果的に、ネオはモーフィアスにスカウトされて仲間になり、
一緒にコンピューター(機械)と戦うことになります。
そして、ネオは救世主となり、皆を率いることになります。

『情報』との向き合い方に、そのまま当てはめて考察

今回は、【閲覧注意】情報弱者脱却シリーズの流れということで、
『情報』との向き合い方に、当てはめながら説明していきます。

以下の記事をあらかじめチェックしていただくと理解が深まります。
引き寄せの法則よりも、引き合いの法則?!支配と隷従、共存共栄
情報弱者を騙すビジネスは儲かるの?その事実について踏み込んで説明

何度も出している図なのですが、
「教育者」「詐欺師」「学習者」「カモ」の4つの属性があります。

そして、実際のビジネスの現場では、「教育者」「詐欺師」の、
それぞれの戦略があります。

これを映画『マトリックス』に当てはめて考えると、

●①元々地球にいた少数の人間と、その仲間
「教育者」「学習者」

●②コンピューター(機械)
「詐欺師」

●③人間発電として生まれた、大量の人間
「カモ」

となります。

んで、「④人間発電から助けられた人間」というのは、
「教育者」に導かれて、「学習者」になった人です。
無知なだけの「カモ」「学習者」のステップを踏んだ人達です。

主人公であるネオは、最初は、無知なだけの「カモ」であり、
モーフィアスは、「教育者」になりますね。
モーフィアスに導かれて「学習者」として仲間に加わり、
色々教えてもらって修行を積んでいき、
後にネオは救世主として、トップレベルの「教育者」になるわけです。

ちなみに、モーフィアスの場合は、
無知なだけの「カモ」「学習者」「教育者」というステップを経ていますね。

当てはめた上で、学べるポイントとしては、以下の4つになります。

ポイント①:現実に目覚めない限り、現実を変えられない

コンピューター(機械)=「詐欺師」が作っている世界は、
嘘の世界であり、そこから抜け出さない限りは、
エネルギー(お金)を搾りとられっぱなしになります。

ネオのように、現実を受け入れて、現実の世界に生き、
「学習者」にならなければスタート地点には立てません。

「詐欺師」に騙されたままでは、現実(人生)を変えることなどできないのです。

ポイント②:仮想(嘘)の世界はラクで居心地が良い

コンピューター(機械)=「詐欺師」が作っている世界は、
とても気持ち良く、居心地が良いのでなかなか抜け出られません。
甘~い言葉を使ってくるので、「カモ」にとっては魅力なんです。

現実には、自分自身が成長しなければ、何も変わりません。
ハッキリ言って大変です。
まあ、『マトリックス』の映画の世界ほど過酷では無いですが(笑)
しっかり学び、地に足を付けて行動していく必要はあります。

ポイント③:何か違和感を感じたなら、素質は十分ある

「カモ」の中にも2種類あって、
●無知なだけの「カモ」
●完全なるアホな「カモ」
がいる、とコチラの記事でも説明しました。

映画『マトリックス』で、見込みのある人しかスカウトできないのと同じで、
現実の世界でも、全員を救うことは不可能です。

見込みのある人というのは、「詐欺師」に対して、
「私、騙されてるのかな・・・」
「これって、本質的では無い気がする・・・」
と違和感を感じる人です。「学習者」になる素質があります。

逆に、完全なるアホな「カモ」は、
本物である「教育者」に対して、違和感(居心地の悪さ)を感じます。

ポイント④:「教育者」は先輩程度の存在でOK

よく、「教育者」に対して、必要以上に上下関係を意識し、
「大先生、付いていきます!捧げます」
「あのお方は特別。あやかりたいのう」
「メンター様。私のメンター様!」
という感じで、崇め奉り、媚びへつらっている人を見かけます。

でも、映画『マトリックス』での、
モーフィアスとネオの関係って、単純に先輩後輩くらいですよね。
むしろ、ネオの方が後から追い越していって、逆にモーフィアスが助けられたりしています。
かといって、ネオはモーフィアスを馬鹿にするわけでもなく、
先輩として敬意を払っているわけです。

「教育者」「学習者」というのは、そのくらいの関係が理想です。
教える側、教わる側として、礼儀を尽くすことは大切ですが、
必要以上に崇拝したり、依存する必要はないのです。
お互いに助け合う、共存共栄の関係なのです。

まとめ。思考することの大切さを教えてくれている映画

映画『マトリックス』の巧妙なところは、映画を見ている僕達も、
「もしかしたら、俺もネオみたいに、人間電気にされているかも・・・」と、
想像させられ、深く考えさせられる点です。

まあ、実際にコンピューター(機械)のエネルギー源になっているというのは、
ちょっとSF的なので考えにくいかもしれませんが、
コンピューター(機械)=支配しているものと捉えてみると、
『情報』を支配している、マスコミや政治、教育機関などに当てはめられるかもしれません。

「テレビで流れている『情報』って本当なのか?」
「ネットで拡散されている『情報』って本当なのか?」
「政府は、本当のことを隠して、『情報』を操作しているのではないか?」

と、立ち止まって、思考することができるかもしれません。

とはいっても、誹謗中傷が大好きな、ネット右翼やヘイトスピーカーのように、
何でもかんでも「疑って批判して攻撃する」ということではありません。
それは、思考しているのではなく、うさ晴らしをしているだけです。
どちらかと言えば、感情的で思考停止の状態と言えるでしょう。

思考するというのは、言われたことを、そのまま鵜呑みにせずに、
改めて、自分の頭を使って、冷静に考えてみるということです。

「疑って批判して攻撃する」のと、
「改めて冷静に考えてみる」のは、似ているようで全然違います。

世の中の多くの人は、思考停止をして暮らしています。
もしくは、思考しているように錯覚させられています。

なぜかというと、ラクをしたいからです。
思考するというのは、エネルギーを使うわけですから、
思考停止して、何かに支配されて、依存している方がラクなのです。

本当は、思考停止=ラクをしているのではなく、搾取されているので、
めちゃくちゃシンドイ状態に陥っているのですが、
人間発電みたいになっているので、そんなことにも気が付かないのです。

実は、思考することに目醒めたほうが、自分自身で人生をコントロールできるし、
周りの人達への影響力も身に付けられるし、現実を変えていけるので楽しいんですけどね。

映画『マトリックス』は、
そんなメッセージが込められているんじゃないかな、と僕は感じました。

あくまで僕のフィルターを通した感想ですが、
これを読んでいるあなたはどう感じたでしょうか。
色々想像を膨らませて、日常生活に当てはめてみると、面白いかと思います。

それでは、今回は以上となります。
参考になりましたら幸いです。

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